H20年度 かわさきの職業人インタビュー

働く喜びを 誰もが知っている みんなのための会社

日本理化学工業株式会社
会長:大山 泰弘氏

御社について、障害者の雇用のきっかけを教えていただけますでしょうか。

日本理化学工業は、昭和12年、当時白墨を使用している先生方に肺結核が多いとの指摘があり、アメリカにあった衛生無害の炭酸カルシウムを原料とした「ダストレスチョーク」の国産化に初めて成功し、設立しました。昭和28年、ダストレスチョークはわが国唯一の文部省あっせんチョークとして指定されました。
そして川崎工場は、日本工業規格表示(JIS)工場として、日本で屈指の高い品質と生産量を堅持しています。
また、昭和35年より重度障がい者の雇用にチャレンジし、昭和50年、国の心身障害者多数雇用モデル工場1号を川崎に設置したのを機に「障がい者と社会をジョイントする」を経営方針に加え、障がい者の職域拡大として、精密部品のゴム、プラスチックの成形、そしてリサイクル事業部門を新設し、性能の高い機械、治具の工夫、生産工程の細分化と単純化などによって、品質・生産性・管理面で高い水準を維持することが可能であることを実証しています。
現在、私どもの会社は、働いている方の7 割が知的障害を持った従業員、残りの3 割は健常者の職員で構成されています。そもそもの障害者雇用のきっかけは養護施設からの採用希望でした。当時、障害のある少女2人の採用をしてほしいと聞き、1度、2度とお断りをしたんです。ですが、3度目にいらした際、先生が「これまで尋ねた会社には皆断られました。就職できないこの子らは十五歳で親元を離れ、施設に送られ、働くことを知らずに一生を終えて
しまうのです。せめて1週間の就業体験だけでもといいのでお願いできませんか」というお話に同情し依頼を受けました。
就業体験が終わる頃、社員の皆から、「本当に幸せそうに、チャイムがなっても脇目も振らず本当に一生懸命働いていた」という事を耳にしました。そこで彼女達を採用することにしたのです。それが始まりです。

御社には何歳から何歳の方々が働いているのですか?

比較的養護学校3年生の時に日本理化学工業に実習に来て、卒業した後入社するということが多いです。
そのため大体18歳~60歳の方々が多く、60歳で定年の後、働きたい方々は65歳まで働けます。

今まで御社を辞められた方はいらっしゃいましたか。

障害者自身の方々が辞職を申し出た事はありませんでした。むしろ知的障害者の方々に働いてもらう上で、保護者との考え方の相違によって解雇せざるを得ない事が1度だけありました。

障害者の方が多く働いていらっしゃいますが、工夫されていることを教えてください。

私たちの会社では、就職する前に、四つの約束を障害者の方にしてもらいます。
一つ目は「返事をしっかりすること」、
二つ目は「自分のことは自分でできること」、
三つ目は「周りの人に迷惑をかけないこと」、
そして四つ目は「一生懸命できること」。
この四つの約束が守られない時は、障害者の方を家に帰しています。
逆に、作業が遅くても一生懸命やっているなら問題はありません。
障害者の方を家に帰すといっても、彼らがまた働きたいと言えば工場に戻ってきてもよく、何回も問題を起こすようであっても、着実にその回数が減っているようであれば成長したと考えるようにしています。さらに、就職前の約束のほかに、この工場ではもう一つ、重要な約束があります。
それは「人をばかにしないこと」です。障害者の方の中でも、その程度の差は様々です。重度の知的障がい者の能力の活用には、一般の人がやっていることを、その通り教えようとしてもできません。彼らの理解力に合わせて作業工程を作ることが必要です。
たとえば、当社では材料の計量などで、この材料は何、それを何グラム、秤はこうやって使うと教えても無理でした。Aという材料は赤い容器に入れてあり、赤い容器から出したものは、赤く塗ったおもりを秤に乗せればいいだけで計量できるようにしています。交通信号は判るのですから、判る色で作業の手順を作っています。彼らの理解力をもとに作業設計し、結果が同じであればいいのですから、立派な労働力になります。
そこで、この工場では班長制度を設けました。班長としてできない人に親切に教えることによって、人の為に働いているという充実感を得ることができますし、また班長をめざすことによって、仕事に対するバイタリティが上がります。また、もし同じ仲間を呼び捨てで呼んでしまったら、罰金として十円をだるま型の貯金箱に入れることになっています。この貯金箱に溜まったお金はパーティーなどでお菓子を買うお金になりますが、そうやって社内全体で相手を尊重する雰囲気が作られていることは大切なことだと思います。

この仕事の魅力について教えてください。

お坊さんに教えてもらったことですが、人間には究極の幸せが4つあるそうです。
一つは「人に愛されること」、二つは「人に褒められること」、
三つは「人に必要とされること」、四つは「人の役に立つこと」です。
私は働くことによって、その全てを満たすことが出来ると考えています。
この会社にいる全ての方が平等に究極の幸せを得ることが出来ることこそがこの仕事の魅力だと思います。私はこの仕事をしながら、重度の障がい者にも企業が働く場を作ることによって、人間みんなが求める究極の幸せを同じに得られると思っています。少子化やニートの増加など労働力不足で将来の日本経済の発展が危ぶまれている今、施設で暮らしている多くの重度の障がい者を労働力として活躍する機会が与えられれば、日本の経済の発展に貢献できます。公費をかけ重度の障がい者を施設で保護し一人二億円以上財政支出をするのではなく、企業で定年まで働くことができれば幸せな社会が実現できるのではないでしょうか。これからは、グリーン購入法などに応えた地球にやさしい環境経営、障がい者雇用促進法に応えた人にやさしい障がい者雇用経営の両立が21世紀における企業の使命と考えます。弊社はメーカーとしてさらなる創造力を培って「心をつなぐ、夢のある」商品づくりを実現しています。

何か若者に伝えたいことがありますでしょうか。

仕事をする上で, 仕事を楽しむ事が目的なのではなく、仕事自体がとても大変な事の連続である事を知ってほしいと思います。しかし、人のために何かしようと行動を起こすことによって、4つの幸せのうちの「人に褒められること」・「人に必要とされること」・「人の役に立つこと」の3つを得ることができます。
その結果、仕事を楽しいと感じることが出来ると私は考えています。ですから若い皆さんにも是非そのように考えてもらえたらと思います。

取材日:2008.8.27
取材者:岡田麻衣子、松尾裕紀子

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