女性のキャリアアップモデルインタビュー #08

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清水 京子 氏
(医療法人啓和会野末整形外科歯科内科 介護予防室長)

清水さんは現在、川崎区で医療や介護福祉事業を展開する施設の介護予防室長として、介護予防や栄養改善に係る事業の管理運営をしています。大学卒業とともに管理栄養士の資格を取得、2000年に当施設で働くまで、スキーをはじめとするスポーツインストラクターや音響装置の営業など複数の仕事をかけ持ちながら働きてきました。入社7年後、介護予防に自らのスキルを活かすべく川崎市の介護予防事業にエントリーし、受託をきっかけにパートタイムからフルタイムの管理職に就任しました。ブランド自分自身で創り出すものだから、自分の属しているところが一番いい場所となるよう、さまざまなことにチャレンジしながら、仲間と仕事をしていきたいといます。

(H25年10月インタビュー)

現在、どのような仕事をしていますか。

 当法人は、川崎区を中心に整形外科を中心とした医療施設や介護福祉施設を運営しています。私は介護予防室長として、川崎市から委託を受け「いこいの元気広場」という一次予防事業の管理運営、週2回の運動指導を行っています。また、管理栄養士の資格を持っているので、二次予防事業である栄養(口腔)改善事業(地域支援事業の1つで高齢者の生活機能低下の危険性を早期に把握し、要介護・要支援状態になることを予防する事業。一次予防事業よりも区役所、地域包括支援センターとの連携が密になります。)、介護支援専門員(ケアマネージャー)として、利用者25件ほどの利用者の方を抱えています。最近在宅介護者を訪問しての栄養指導を始め、通所リハビリテーション施設や健康クラブといった運動関連施設のアドバイスなども行っています。従業員を対象とした特定保健健診指導も行う予定です。
もう少し具体的にお話しますと、「いこいの元気広場」事業は住み慣れた地域で元気に過ごすことができるよう、いこいの家を拠点に行われる介護予防講座なのですが、その事業を受託するための企画立案やコンペに始まります。現在は川崎区7ヵ所で毎週開催しており、日によっては1日に3か所同時に開催されます。また、受託要件として健康運動指導士、看護士、補助員の最低3名を揃える必要がありますので、同行者の人員調整は大変な業務です。

入社後のキャリアについて教えていただけますか。転機などはありましたか。

当法人で働き出したのは2000年、週2回物理学療法室でリハビリと運動指導をしていました。当時はこの他にスポーツクラブのインストラクターと音響装置の営業をかけ持っていました。2007年の介護保険制度改革にともない、「介護予防」という考え方が広まりました。それに伴い、川崎市ではいこいの家を活用した事業展開が提唱されました。その際、運動療法や栄養改善、口腔ケアなどの取組も事業として追加され、市内でも10月から事業が開始となりました。当法人で働き出した2000年に近隣の方を集めて体操教室を始め、(現在は稼働していませんが)その後、生活習慣病予防のための医療併設型運動施設を医院内に設け活動してきた経緯もあって、公募にチャレンジしてみました。この時が一つの転機であったように思います。院長もチャレンジを応援してくれたので、申請してみたところ無事受託ができました。それを機に介護予防室長に就任し、パートタイムから週4~5日勤務の職員となり今に至ります。

介護予防室長就任前後での心境や心持ちの変化はありましたか。

仕事内容はさほど変わっていませんので、自分自身の中ではあまり変化はありませんが、栄養改善事業といこいの元気広場事業については申請手続きを私一人で担当しているので、受託しなければならない責任感はあります。プロポーザルを通過するためにはどのようにしたらよいか、採択されても、担当職員の教育など、事業の品質を保持しながら継続していかなければなりませんので、不安もありますし、やはりその点は責任を感じます。

どのような経緯で今の仕事に就いたのでしょうか。

大学では栄養学を学びました。当時は卒業すると管理栄養士の資格が与えられました。そのまま研究に進む話もあったのですが、学生時代はスキー三昧、スキー用品の販売を希望して音響機器メーカーに就職しましたが、それとは別の家具事業部に配属となり、2年間勤めました。冬休みが長く、またスキー休暇があるなど、とにかく休暇の多い快適な環境で「このままではよくない、ダメになる」と思うようになりました。そうして退職し、何をしようかと考えていたところ、大学時代にしていたスキーのアルバイトを偶然雑誌で見つけました。応募してみると、スキーのインストラクターを頼まれました。資格はありませんでしたが、ひとまず冬から出勤することに。その間に企業でアルバイトをしながらスキー学校で上級資格を取得しました。
以降、冬はスキーインストラクター、夏はスイミング講師の生活をしていましたが、コンピューターで出荷業務をした経験から退職した音響機器メーカーからの依頼で再び以前の職場で働き出し、冬はスキーの仕事、春から秋にかけては元の職場で顧客管理の仕事をしていました。その仕事も閉鎖となったあとは、同じ会社の音楽事業部のプロジェクトで環境音響装置をスポーツ施設等の分野で販売営業し、市場拡大していく仕事をしていました。それも閉鎖となり、専門学校でスポーツ栄養学の講師、スポーツクラブ、病院、スキー教師の仕事をしていました。
病院で働くことになったのは、スポーツクラブでパーソナルトレーナーをしていた時のクライアント様が院長だったことによります。体調を崩された院長の病後リハビリを担当させていただき、その後スポーツクラブの閉鎖に伴い、当医院の整形外科で週2回、物理学療法室でリハビリと運動指導を担当するようになりました。新しいスポーツクラブと、病院と、音響関連の3つの仕事をかけ持ちしていました。
卒業後に勤めた会社は本当に快適な環境で、仕事をしながら休みを活用し、シーズンになると2週間スキーをするような生活をしていました。そのような生活を続けることもできたのかもしれませんが、今となれば辞めてよかったと思います。バブル崩壊、景気の低迷、早期退職など、職場環境は右肩上がりではありません。さらなる将来を考えたら、さまざまなことを体験していた方が人生的には楽しいのではないかと。たしかに、雪が降ることのない県で大学からスキーを始めた一般スキーヤーが、競技などを経験しているスキー教師の中で、ひとりプロのスキーインストラクターの資格を取得するのはとてつもなく大変なことでしたが、その仕事に就くことができたのも、あの時辞めていたからです。

スポーツを通じて資格を取得してきたことが、キャリア形成に大きく影響してきたのですね。

いこいの元気広場事業に必要な健康運動指導士の資格も、この事業を意識して取得したわけではありません。スポーツをしていた関係で取得を試みたら、このような話が舞い込んできました。必要な資格は私が持っていますし、院長もチャレンジすることを応援して下さる、ならばやってみようか、と。

女性が活躍しやすい社内の風土、環境があるのですね。

院長は「何事もできないことはない」との考え方で、職員のチャレンジ精神に寛容です。それは大きいと思います。最初に地域包括支援センターを立ち上げる際も、さまざまなご意見もありましたが、法人でこの事業を立ち上げ実施する意義や効果、強み、地域の方が参加しやすい仕組み等をご提案したところ賛同して下さり、市内2箇所にまで拡大することができました。やる気のある方にしやすい環境があると思います。定年も70歳定年です。
また、女性の多い職場ですので、産休・育休取得者も多いです。ここ数年は、復帰する女性も多くなってきました。子育てしながら働く女性は増えています。職員の定着率についても、組織として「地域密着」を謳っていますので、なるべく近所の方をスタッフとして採用しています。自転車で通っている方は、職員423名中100名程度、徒歩での通勤は60名ほどになります。

これだけの業務を行うにあたり、ワーク・ライフ・バランスはどのように
図っているのですか。

プライベートでは水曜の仕事終了後と日曜はテニス、冬場はスキーも滑ります。仕事が終われば仕事のことは考えていません。自宅にも仕事は持ち帰りません。テニスに行ったら仕事のことはすっかり忘れている感じです。たしかにストレスもありますよ。テニスに負けてもストレスたまりますし(笑)。でも、色々な場を持って切り替えていくことが大切だと思います。そうでないとテニスをしていても負けてしまうので(笑)。このように複数の場を持っていることは、いい気分転換になっています。

今の職務において大切にしていることがあれば教えてください。

自分の属しているところが一番いい場所でありたい、そう願っています。「とてもいいところで働いているね」、そう言われたらうれしいですよね。よくしていきたいです。ブランドは自分で創り出すものだと思うので。
ただそのような組織づくりは、一人ではできません。仕事を通じてさまざまなことにチャレンジし、自分自身が働いているところが楽しく魅力的なものとできるよう、日々仲間と仕事をしていくことができればと思っています。そのような意識を持った職員が増えていけば、施設も充実していくのではないかと思っています。

今後、仕事においてどのようなことを手がけていきたいですか。

各省庁でも地域包括ケアがいわれていますが、これからの高齢者社会を見据え、当法人でも住み慣れた場所でいつまでも元気に過ごして頂けるよう予防介護の充実を図っていきたいと思っています。また、管理栄養士として訪問栄養指導にも積極的に出ていきたいですし、職員の健康管理のためにも特定保健健診指導を行っていきたいと思っています。

次に続く女性たちにメッセージをお願いします。

今の若者を、将来を悲観しているとか、発展的に考えられないとかおっしゃる方はいますが、年齢、性別関係なく、チャレンジする人はするのです。たしかに若いうちは将来のことはなかなか決められないと思います。私もそうでした。でも、ひとつずつ取り組んできたら今に至ったということもあります。だから、自分に与えられたものにチャレンジしていく気持ちが大切だと思います。公的資格を取得するために勉強をすればその後に活き、そのモチベーションが更なるステップになっていきます。できることから始める。そして、将来自分はどうなりたいのかをイメージしながらチャレンジしていく。臆病にならず、楽しいことや新しいことにチャレンジしていってほしいと思います。

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