女性のキャリアアップモデルインタビュー #04

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奥山 雅子 氏(川崎アゼリア㈱ 総務部担当部長、総務課長)


奥山さんは入社34年目、総務部担当部長兼課長として、組織の経営方針に係る各種会議のとりまとめ、各部の連絡調整等に従事しています。入社前から、結婚、出産に関わらず仕事を続けていこうと考え、私設の無認可保育園に子どもを預け、運営に関わったことは今の仕事にも活きているとのこと。管理職就任以降、会議で役職者の指示や意向を把握し各部署にフィードバックするなど仕事の広がりを感じているといいます。働き続けることにより、視野や知識も広がり、仕事をしている「私」として社内外に認知され、そのことが新たな仕事の道を開くといいます。「戸惑うことがあっても、昇進・昇格の声がかかったら、与えられた仕事と受け止め、チャンスをつかんでほしい」と奥山さんはいいます。仕事以外の地域活動にも参加し、複数の場を持つことの効用を伝えています。また、女性だけに制服が用意されていることを疑問に思い、業務効率の観点から上司の許可を得て制服を着ずに仕事をしたエピソードは、働く女性の位置づけの変容を垣間見ることができます。

(H25年10月インタビュー)

現在、どのような仕事をしていますか。

現在の役職は、総務部担当部長兼総務課長です。業務で役員の近くにいる関係上、組織の方向性などを把握しやすい立場にあります。人事関係(採用・給与計算)、各部の連絡調整や各種会議の準備を担い、株主総会取締役会経営会議(社内の最重要会議)の取りまとめ、調整業務、議事録作成等を行っています。直接の部下は3名です。担当部長となったことにより、社外(株主や取引先等)からの視線や対応に変化を感じています。

入社後のキャリアについて教えていただけますか。

昭和55年12月入社、在職33年になりました。最初の配属先は経理部でした。
採用当時は川崎アゼリアの建設に向かって動き出したばかりで、建設期間の5年間は建築・土木、行政関係等の男性中心の社会の中、女性3人で、建設現場の見学者(例:1日20人が2、3組)の対応に追われる毎日でした。開業後は施設管理部に7年ほど在席し、その後、営業部(現在の店舗事業部)、広告課(広告媒体の運営管理)、催事課を経て再度、広告課に異動した際、課長に昇進しました。1年後に異動となった総務課で総務課長から担当部長に昇格し3年になります。総務課長に女性が就任するのは初めてでしたし、担当部長職となったのも初めてでした(その前に店舗事業部で女性部長が誕生しています)。

最初から働き続けたいと思っていましたか。

私の場合、入社前に結婚が決まっていましたが、結婚、出産等にかかわらず、仕事を続けていこうと考えていました。将来何があるかわからないから生活力はあった方がいいと、稼得者としての意識は持っていました。専業主婦になる自分はイメージできなかったですし、夫は働くことに対して理解があり、家事にも積極的で、料理も作ってくれますので助かっています。
入社後、結婚・出産となりましたが、就業規則と労働基準法を確認し、産前産後休暇取得後、1年間は1時間/日の育児時間を取って働きました。
保育所探しには苦労しました。その当時、横浜市には保育施設が不足しており、公立保育園への入所は年度途中ではほぼ不可能だったので、私は私設の無認可保育園(現在の横浜保育室に相当)に預けました。その保育園は園長が自宅を改装して立ち上げたというもので保護者も共同で保育園運営に関わりました。当時は個人や親たちの気概によって生まれた保育園が多かったのです。当時の自主運営スキルは今の仕事にも活きています。
 その後、3歳で公立保育園に移ることができましたが、この保育園とは理事として今日まで関わっています。

仕事上のご自身の転機といえる出来事があれば教えてください。

今ではありませんが、開業13年目位までは女性社員に制服がありました。転機といえば制服の是非について話が出た頃でしょうか。コスト面からしても、女性にだけ制服があることに疑問が出ました。なくすことについては男女ともに反対がありました。女性社員による反対の理由は2つに分けられますと思います。ひとつは、制服がなくなると毎日着る服を用立てしなければならない面倒さ、もうひとつは、制服をなくすと責任がつくような感じがするから。私自身は広告担当係長として広告代理店等外部との打ち合わせも多く、外出の度に着替えていられないということで、上司の了解のもと女性で1人だけ制服を着ていませんでした。そのことにより、「うちの女子社員(ともすればうちの女の子)」という呼び方が「うちの○○さんが」というものに変わり、個人として社内外で認識してもらえるようになったことは非常に意味がありました。社内の風土が変わるきっかけになったと思います。営業部に異動になった際、上司から制服を着るように言われたのですが、調べてみると就業規則に女子の制服着用の条項はなく、皆の応援もあり、結局、制服はなくなりました。
現在、個人的には関連業者や知り合いにも私服を薦めています。

管理職になる過程で、仕事に対する受け止めや心境はどのように変化しましたか。

課長になる時は微妙な心境でした。それなりの順番ではありましたが、比較的ゆっくりの昇進だったので。これまでは自分の所属課の仕事を上司である課長から方向性を伝えられ、それを受けて課の一員として仕事を組み立てるというかたちでしたが、課長の立場になり、中間管理職として役職者の指示や意向を直接会議の場で把握したり、議事録をとりまとめ他の部署にフィードバックしたりするようになり、仕事の広がりを感じました。組織としての方向性や見解を現場と調整するなどもしています。部下とともに事業課題に取り組むという立場になり、つらいこともありますが、やらなければならないこととして取り組んでいます。
働くことへの責任感をより意識するようになったのもこの頃からだと思います。
近年、取引先等でも役職者に女性が増えてきたことやテナント店舗では女性店長が多いことを心強く感じています。

幼い頃から、女性の立場や状況について感じることはありましたか。

性別によらず機会均等であってほしいと考えるようになったのは3~5歳の頃です。病気で休んでいると親がラジオをかけてくれました。そこから流れる物語を聞きながら、危機的状況になると泣く女の子の姿に「女の子ってつまんないな」と思ったのが最初でしょうか。共感できたのは「長靴下のピッピ」くらいです。
また、小学校高学年の時の子ども会で、友だちの女の子が「お医者さんになりたい」と言ったら、世話役の大人が「女の子だから看護婦さんだよね」と訂正したことを疑問に思い、納得することができませんでした。まさか「潜水艦の副艦長になりたい」なんてとても言える雰囲気ではなかったですね。
大学時代もそのような意識のもと、女性蔑視の情報媒体に驚きを感じたりしていました。「結婚しなくてもいいかな」とも思っていました。おっちょこちょいだから結婚してしまいましたが(笑)。

ワーク・ライフ・バランス、仕事以外のプライベートはどのように過ごしていますか。

10年程前から、週末に日本語ボランティアとして外国人に日本語を教えています。いろいろと勉強しなければならず、うまく教えられなかったときには落ち込むこともありますが、そこの仲間からは元気を、外国人からはたくましさなどをもらっています。続けられる限りは続けたいと思うので、なるべく行くようにしています。
会社以外での人との交流の場は意外とないので、ネットワークを広げるためにも参加しています。よく「ワーク・ライフ・バランス」といいますが、私は「仕事」と「家庭」のほかに、特に「地域活動」を加えた3つの場を精神的支柱として大切に思っています。本当は5つくらい場を持っている方がいいようですが、今は時間的な制約もあり少し難しいです。

社内の風土、状況について教えていただけますか。

昭和61年のアゼリア開業前後に入社した社員が多いので、40代後半から~50代の社員が多く、長く一緒に働いているのでアットホーム的な雰囲気がある一方で30代、20代が少ない逆三角形の構図故に後継者を育てていくことが急務となっています。
そのためにも女性の就労継続を応援する体制を築きたいと思っています。第3セクターなので、社内の規則規程は川崎市に準ずる部分が多く、私が産休・育児時間を取得した後、2人が産休・育児時間制度を活用し、働き続けました。その後、育児休暇制度もできたのですが後が続かないのが現状です。1人、出産後、育休育児休暇制度を取得した女性がいたのですが復帰には至りませんでした。

業種の特性から、女性の活躍しやすい環境でしょうか。

店舗における女性就労者が多いことの影響は大きいですね。会社の風土が変わってきたのも開業後、店舗で活き活きと働く女性の姿に触発されたことがあると思います。
アゼリアの店舗数は150、その多くが女性で特にアパレル系では店長も大半が若い女性です。ショッピングセンターという特性もあり、現場では女性の視点・感性が求められます。「トレンドを売る」仕事であること、また、主な消費者・購買層が女性であることから、女性の視点が反映しやすいため、どの課でも活躍しやすい環境はあると思います。
また、異動したところでそれぞれにOJT(On the Job Training)も行っています。私自身も、施設管理部に在籍していたときは事務のスキル、広告担当になったときは広告代理店を回るなどして、業務内容に応じたスキルをその都度身につけてきました。

今後、ご自身が手がけていきたい仕事はどのようなものですか。

これまで新卒採用の公募や25周年行事を行うなど、初めての業務で目の前のことをこなすことで精一杯だったため、これからは今までの経験を活かし、総務としてフォーマットの統一化にむけた見直しなど、事務の効率化を図っていきたいです。ともすると同じような書類を重複して作成しています。転記ミス、訂正もれがあるなど、随分時間と労力がかかっていることもあるように見受けます。今後、必要なソフトの購入も併せて改善していきたいと考えています。若い社員も入社してきていますので、短時間で習得できる分かりやすいものにして、その分の時間と労力を情報収集や分析、テナントとのコミュニケーション等、本来充実すべき活動に当てていければと思っています。

次に続く女性たちへメッセージをお願いします。

「働くか、働かないか」という問いに向き合い、人生の節目で決断をしなくてはいけないのが女性の苦しいところです。でも、それ故に働くことを選んだ女性は意識が高いと思います。だからこそ、昇進・昇格の声がかかった女性は、そのチャンスをつかみ取ってほしいです。
男性にもいえることですが、組織で働いている以上、個人事業主ではないので好きな仕事ばかりできる訳ではありません。異動や昇進昇格は受けなければいけないし、受けた方がいいとも思います。周囲の女性たちの反応をうかがってしまうこともあるかもしれませんが、上司も本人の様子をよく理解したうえで指名しているのですから、受けるのが働く者として当然だと私は思います。
やっていく中で、視野や知識の広がりが生まれ、手がけることができる仕事の幅も広がり、仕事をしている「私」としての社内外に認知されていきます。そのことが新たな仕事の道を開いていきます。
一度断ったら次はないかもしれません。チャンスはつかんでほしいと思います。かつて自分も総務部と言われ戸惑いましたが、「喜んでいかせて頂く」という気持ちで受入れました。何かを選べば何かが犠牲になりますが、きちんと受けた仕事には必ず良いことがあるはずです。

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