『エリザベスの友達』
発行日:2018年10月
著者:村田喜代子
出版社:新潮社
発行日:2018年10月
著者:村田喜代子
出版社:新潮社
2年ぶりに、実家に帰省した。認知症の症状がある父は昔の話を繰り返す。2年前も同じように昔の話をしていたが、今回はさらに時代が遡り、18歳の時の冒険談を繰り返し語っていた。
この作品の主人公、初音さんは97歳。私の父と同じく認知症を抱え、老人ホームで暮らしている。訪ねてくる娘たちをいぶかしげな目で見、夕方になるとどこかへ帰ろうとする。
だが、初音さんの内側は20歳。昭和14年から8年暮らした天津租界での華やかな記憶で満たされている。なかでも皇帝溥儀の妻、婉容の記憶は伝聞と入り混じり、繰り返し初音さんの世界に現れる。「エリザベス」というイングリッシュ・ネームを持つ婉容に、初音さんは自身を重ねていく。
「認知症は自由ですよ」と作中の若い介護士は言う。いつの時代のどこにでも、好きな場所にいていいのだ。「良い介護とは人生の終幕の、そのお年寄りの夢を守ってあげること」と話すベテラン看護師。この作品には、介護される側への「やさしさ」がにじみでている。
今を生きていくための近い記憶は忘れ、遠い昔の出来事だけを覚えていえる。見ている側はせつないけれど、本人は幸せな時代を生きている、と思うと見方も変わってくる。
老いていくこと、介護することは大変なこと、という先入観を変えてくれる心温まる小説である。